先日(7月30日の日曜日)に以前の日記にも書いた氣の使い手である「さだじぃ。」さんの講演会に行ってきました。
さだじぃ。さんは、某有名元プロ野球選手(今は野球解説者)に遠隔ヒーリングを施したりもしているのですが、その裏話なども聞けて楽しかったです。その話の内容は講演会のネタバレになってしまいますので詳しくは書けないですが、その元プロ野球選手が遠隔ヒーリング(字のごとく遠く離れた場所から遠隔操作の様に氣を送りヒーリングをすることです)を受けていた時のエピソードで氣の実在を更に確信する事となりました。
氣の話ってそれだけでまだまだ疑わしい話なのに、そこへ持ってきて遠隔ときたらますます盲信的な人扱いされるのでいつも書くのに躊躇するのですが、体験を持っている身としては感じたままをブログに書くしかないわけです。
しかし、実は氣というものはニュートラルな目で真面目に調べようとすればするほど完全に否定する事が難しくなってきます。今までに色んな実験がなされており、氣の送り手と受け手の各々が別々の部屋で脳波測定をするというものもありましたが、氣を送り始めると送り手と受け手の脳波が同調してくるという結果が見られました。これなどは遠隔ヒーリングに繋がる実験結果だと思います。
どんなものも運動する原子、分子の集まりで出来ていますので、何らかのエネルギーを放っているわけです。色(光の中の特定の色・電磁波を跳ね返している)も例外ではなく、目隠しをした人を何の説明もせずに室内全面が赤い部屋の中に座らせると血圧の上昇や脈拍の増加が見られ、青い部屋だと逆に鎮静されるデータが取られた実験をテレビで見たことがあります。
それにしても思念が送り手のイメージしたターゲットに氣を狙い通りに届けるというのは不思議としか言いようがないですが。
科学的、非科学的と分ける前に、そもそも科学の世界は仮説だらけです。ガリレオの天動説以前は地動説がまともなものとして信じられていました。天動説が認められて地動説は間違った仮説だったとなったわけです。いま科学的だとされていることもいつ新しい実証によって覆り間違った仮説だったとの烙印を押されぬとも限りません。どの仮説を主張するかの様相は、宗教宗派の主張と似たものを感じます。どちらもどれを自身の由るべきものとするかということですね。
さて話を戻しまして、講演会は話だけではなく氣の感じ方や使い方の実技練習もありました。
友人を一人連れて行ったのですが、お互いに氣を感じっこするレッスンで二人とも感じる事に成功。
手が震えたり動き出したりはしませんでしたが、友人の左右両手の向かい合わせた指先の間を手のひらを通過させると私はフニャンとした感覚を感じ、友人は私の両指先の間を通過させると暖かいと言っておりました。
手のひらではなく指先ですから、友人の手のひらまではその小さな面積(指先)からの体温が届く様な距離ではないので、やはりそれ以外の何かの仕業だと思います。
ちなみに自宅に帰り妻や息子にも試してもらいましたが、二人とも感じると言っていました。
まあ、こうやっていくら書いてもキリがないことでもありますので、体験をしたい方は講演会への参加をお勧めします。講演会に出れば必ず感じられるという保証もないですが、信じなくてもいいので、反対に疑うこともやめて、ニュートラルな意識で臨み微妙な感覚を見逃さないようにするのが良いかと思います。
むしろ病気や障害を持っている人の中には氣を盲信してしまい、医者に行くのを嫌がり氣だけで治して貰おうとしたりする人がたまにいらっしゃるようで、さだじぃ。さんは氣を扱えるようになったからと言ってもささやかな事だから勘違いしないようにともおっしゃっていました。
さだじぃ。さんは、まずは医療でやるべきことをやり、そこから少しでもサポートにというスタンスでヒーリングを受け賜っていらっしゃいます。